補助金を獲得するため、事業計画書に「従業員の給与を、今後3年間で年率平均X%以上引き上げます」と、意欲的な目標を掲げた。――採択された当初は、その約束を果たすことに自信があったはずです。
しかし、いざ事業を始めてみると、計画通りに利益が伸びない。従業員の給与を上げるべきなのは分かっているが、それを実行すれば、会社の資金繰りが一気に苦しくなる…。
このジレンマは、補助金を活用した多くの経営者が直面する、極めて深刻な問題です。
この記事では、賃上げ計画が未達に終わった場合のリスクと、そうした事態を避けるための、そして、万が一陥ってしまった場合の対応策について解説します。
なぜ「賃上げ」が、補助金の重要要件となるのか？
まず、なぜ国がこれほどまでに「賃上げ」を重視するのかを理解する必要があります。
国は、補助金という税金を投入することで、個社の成長だけでなく、その果実が従業員に分配され、個人消費が活性化し、日本経済全体が好循環に陥ることを期待しています。
つまり、あなたが事業計画書で約束した賃上げは、単なる努力目標ではなく、国民の税金を使う事業者としての、社会に対する「公的な約束」なのです。
「賃上げ未達」が招く、２つの経営リスク
この「約束」を破ってしまった場合、企業は二つの重大なリスクに直面します。
リスク①：補助金の「返還」を求められるリスク
賃上げは、多くの補助金において、達成すべき「義務」として定められています。もし、正当な理由なく、この義務を履行できなかった場合、補助金事務局からルールの不履行と見なされ、交付した補助金の全部または一部の返還を命じられる可能性があります。これは、最も直接的で、経営に大きなダメージを与えるリスクです。
リスク②：利益なきコスト増による「経営圧迫」のリスク
返還を恐れるあまり、利益が出ていないにも関わらず、無理やり賃上げを実行したとしましょう。それは、一見、約束を守ったように見えます。しかし、実態は、利益という裏付けのないコスト増であり、企業のキャッシュフローを著しく悪化させる「自殺行為」に他なりません。
これは、まさに私たちが警鐘を鳴らす「補助金後の崖」そのものです。返還命令を避けるために、自ら倒産の崖へと近づいてしまうのです。
万が一、達成が困難になった場合の「対応策」
では、万が一、計画通りの利益が出ず、賃上げの達成が困難になった場合、どうすれば良いのでしょうか。
【最善の策】：そもそも無理な約束をしない「戦略」こそが、最大のリスクヘッジ 言うまでもなく、最善の策は「予防」です。補助金に採択されたい一心で、実現可能性の低い、過大な賃上げ目標を掲げないこと。そのためには、事業計画の段階で、「どうやって稼ぐか」という戦略を、徹底的に突き詰める必要があります。FSPの「５つの糸」のようなフレームワークを用いて、確固たる収益計画を立てることこそが、賃上げ未達リスクに対する、最大の防御策です。
【次善の策】：「早期相談」と「計画の見直し」 もし、事業年度の途中で「このままでは、目標達成は難しい」と判断した場合は、絶対に問題を放置してはいけません。
最悪の選択は、事務局に報告せず、隠し通そうとすることです。まずは、正直に、そして可及的速やかに、補助金の事務局に連絡し、状況を説明しましょう。
その際、ただ「できませんでした」と謝るのではなく、「なぜ、計画通りに進まなかったのか（例：コロナ禍の再拡大、急激な円安による原材料高騰など、自社に責任のない外的要因）」を客観的なデータと共に説明し、「今後、どのように計画を立て直し、リカバリーしていくのか」という改善計画を、自らの意志として提示することが重要です。正当な理由があると認められれば、計画の変更が承認されたり、ペナルティが免除されたりする可能性もゼロではありません。
まとめ
補助金事業における「賃上げ」は、社会との、そして未来の自社との、重い約束です。その約束を、単なるプレッシャーとしてではなく、健全な成長へのモチベーションとして捉えることが、成功の鍵です。
そのためには、申請段階での「稼ぐ力」の徹底的なシミュレーションと、採択後の真摯な「計画管理」が不可欠です。
私たちFSPは、クライアントが実現不可能な約束を結んでしまうことがないよう、事業計画の策行段階で厳しくリスクをチェックします。そして、採択後も、計画が順調に進んでいるか、約束が守れそうか、という視点で、常に伴走し続けます。
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